不惑




先日、不惑と言われる年齢にいよいよなった

まぁ「大台」に乗ったわけだし
何か年齢的にもひとつの区切りな気もするし
なんとなくこれまでの人生でも振り返ってみるかと思った


今まで
特に大きな不満などもなかったが
たまぁに
「ああ、あの時から人生やり直せたらな」
とか思ってしまうことも正直あった


また、
友人、知人、周りの連中と自分を比較して
劣等感とか後ろめたさみたいなものも感じることもあった



そんなショウモナイ人生を歩んできて
そのショウモナイ人生について
あらためて振り返ってみようとしたのだが



ただ、しばらくすると
目の前に控えている富士ヒルのことを考え出していた

40年間のこれまでの人生よりも
ほんの数日後のことに意識が向く

そんな自分自身に苦笑する


そういえば
「これまでの人生」とか
「自分の境遇」とか
「他人の目」とか
そうしたものがいつの間にかまったく気にならなくなったな
これが「不惑」かw
となんとなく面白く思う





周りの人から
「最近、楽しそうだな」
と言われることがある


アマノジャクな自分は
「いや、別に」
とか返したりするのだが

いや、実際いまの自分の生活は「楽しい」のだろうか
あまり「楽しいなぁ」と思ったことはない気がする

むしろ、
苦しかったり、不安だったり、嫌だなぁとか思うことの方が多い気がする


ただ、
やりたいことをやっている
という感覚はあるし
それで十分なのだと思う




富士ヒル、

前にも書いたが
一見、自分は富士ヒルにこだわってるように見えるかもしれないが
実は全然そんなことは無く
むしろ富士ヒルはそんなに好きな部類の大会ではないし
先日、試走で走ったときも
自分とはやはり相性が悪いコースだなぁとあらためて思った
緩斜面が下手糞な自分はどうしてもこの富士ヒルのコースは上手く走れない


ただ、それでも自分は
「富士ヒルでプラチナを獲りたい」
と思っているし

人間が心から「したい」と思ったこと、
「やりたい」と思ったことは、
そのすべてが「出来る」べきだ
と思っている


人間が生きるということは
その「したい」を
ひとつずつ丁寧に
「できる」に変えていく作業だと思っている


このクソブログは相変わらずワケ分からんことばかり書いているなと思う
(平常運転)



6月12日、
富士山五合目に辿り着いた自分は
果たしてどんな表情をしているのだろうと、
自分のことながらも大変気になっている


できれば
自分自身に
「よくやったな!」
そう言ってやれる状況になっていると良いなと思う

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