くろっこぅ。




 河川敷へ下る土手の階段に俺は座っていた。
 座って腐っていた。
 平日の昼間なんかにこんな所で腐れるのは俺の職業が漫画家だからだ。
 いや、本来の漫画家というものは毎日が締め切りに追われる日々で、こんな非生産的な時間の過ごし方はしない。ていうか出来ない。
 有り体に言って、俺は売れていない駆け出しの漫画家だ。
 一応デビューはした。雑誌の新人賞に入選し、その後何度か増刊号に読み切りを掲載させてもらった。しかし、その後が続かなかった。読み切りの依頼はその後来ない。連載依頼なんていわずもがなだ。最初はなんとか自分の漫画を雑誌に載せてもらおうと何度も出版社に顔を出したり、編集者に掲載の打診をしてみたりと色々と尽力したが、その効果もほとんどなかったと言える。ごくたまに簡単なイラストを頼まれる程度だった。
 しばらくすると、ガス欠のライターみたいにゆっくりと俺の中の熱が小さくなっていった。
 己の汗で汚さぬよう気をつけながら原稿を描きためても、その原稿を入れた封筒を手汗でグショグショにしながら出版社に持って行っても、顔に冷や汗浮かべて目の前の編集者に見てもらっても、一体いつになったら掲載されるかもわからない。いや、おそらくそいつらが日の目を拝める事はないのだろう。
 周りから見たら道化だ。
 編集部の人間だって毎度オモシロクもない原稿もってくるヤツだとかそんな認識だろう。
 世間からだってそうだ。いつか売れる漫画家になると言って田舎から飛び出してきたモノのまるで芽が出ない。自分だけは夢を信じ切ってシコシコ原稿描いてるものの、結局出版社からは相手にされてないタダの才能のないヤツとかそんな風に見られているんだ。まるで結果が出ないのだ。必死になってやればやるほど、周りからその姿は滑稽に見えるだろう。
 そう考えると自然に出版社からも足が遠のき、ペンを握る時間も少なくなっていった。
 あれだ、結局駄目なヤツは駄目なのだ。才能のないヤツはどこまでいってもやっぱり報われないのだ。これ以上足掻いてもみっともないダケだ。
 潮時かも知れない。とりあえず実家にオメオメと帰るか。そしてサメザメとハロワにでも通うか。 
 そんな事を考えながら惚けていると、何やら足下にハトが寄ってきた。一羽寄ってくるともう二羽、三羽とやってくる。
 「くろっこぅ」とか言ってやがる。寄れば餌がもらえると思っているのだろう。いい気なモンだな平和の象徴様は。そんなに餌が欲しいか、ならばくれてやるワイ、と空手にも関わらずハトに向けて何かを放るフリをする。するとハトは見えない餌に群がる。どこから見ていたのか余所から別のハトの集団までバッサバサと飛んできた。無い餌探して首を振るハト達。
 マヌケめ。
 ほら、今度はこっちだと別の方向に空手を振る。マヌケどもはそっちにトトトッと群がる。
 ホントはこっちだよ、トトトッ。こっちだ、トトトッ。と何度も繰り返す。
 俺はほくそ笑む。ハハハ、ほんとハト馬鹿。
 いや、昼真っから仕事もしないで鳥類相手にこんな無意味な事をしている自分の方こそが……と一瞬冷静になりかけたところで背後から笑い声が聞こえてきた。
 振り返ると階段の上にセーラー服姿の女子高生が立っていた。
 女子高生はさも可笑しそうに「馬鹿ですねぇ」と笑いながら近づいてきた。
 え、どっちが? と思わず尋ねそうになったが、そう聞いたら本当の馬鹿みたいなので止めた。
「しょっ」と女子高生は無警戒にも俺の横に腰を下ろした。
 見ると割と大人びた顔をしている。高校三年生くらいだろうか。まぁ何年であっても学校ではおそらく授業の真っ最中であろうこんな時間に外に居るのはオカシイ。鞄すら持っていないようだ。
 サボリか……。俺も似たようなモンだけどね。
 でもここはやはり、子どもの見本となるべき良識ある大人の姿を見せておかなければなるまい。
「キミ、学校は」
 そう諭すような口調でクールに決めたが、女子高生は特に悪びれる風もなく、
「イイんです、私は」
とキッパリ言った。外見もそうだが、今どきの女子高生にしては落ち着きのある口調だ。
 そうは言っても、サボリはサボリだ。イケナイことです。俺が説教的な事を何か言おうとすると、それを察してか女子高生が先に口を開いた。
「おじさんは何をしてるんですか」

 おじさん。

 そうか、俺は「おじさん」と呼ばれるような年齢になってしまったのか。まだまだ年齢的には若いと思っていたのにな。あれかな、年齢の割には老けてる所為かな、周りから見た感じ俺おじさんなんだろうなきっと、まぁ見た目って重要だよね。
 俺はさぞかし悲しそうな表情をしてしまったのだろう。女子高生は少し慌てた様子で言い直した。
「……お、お兄さんは、何をしてるんですか」
 いいんだけどね、気を遣ってくれなくても別に。
 気を取り直して「俺は……」と口を開くが、その後が続かなかった。
 何してるんだろう。ハトにエサをやってるのか。いや、やってないな。
 体中をインクのシミだらけにして漫画描いて駆けずり回っても一向に評価されないんでイジけてるんですって言うのか。そうだ、その通りだ。だがそんな情けない大人の姿を告白できるはずもない。
 俺は黙って俯いた。
 足下には先ほどのハトがまだ物欲しそうにうろついている。エサなどもらえないのに。
 浅ましい。賤しくって卑屈な姿だ。まるで…………。
 女子高生は俺に先の言葉を促す事もなく、どこからともなく小さな袋を出してきた。
 ビスコだった。おいしくてつよくなるお菓子だ。
 それを手のひらに乗せて、女子高生はもう片方の手で軽くパンチした。砕ける音がする。
 小さく粉々になったビスケットの破片を少しつまむと足下に振りまいた。遂に念願のものにありつけたハト達は一斉にがっつき始めた。
 満足そうな女子高生の表情。
「私……」
 またハトにエサを与えながら女子高生は口を開いた。
「ここである人を待ち伏せしてるんです」
 女子高生を見ると、はにかんだ表情で笑っている。
「彼氏?」
 何の気無しに俺がそう尋ねると、女子高生は首を横に振り、だとイイんですけどねと言う。
「片想いです。今日告白するんです」
 そうか、と俺が言うと、ハイと小さく頷く女子高生。
 いいね。青春だ。なんともイジラシイではないか。恋する若き乙女というのはかくも美しいモノであるか。
 しかし、片想いとは言っているが、かなりルックスのイイ子だ。大人びた雰囲気とかイイ感じじゃないか。きっと告白しても男の方は即OKだろうな。
 そんな事を思いながら「君ならきっと大丈夫だよ」と励ました。
 でも、と彼女は苦笑いし、こう繋げた。
「私、本当は半年前に告白して一回フラれてるんです」
 なんと。モッタイナイ。いや、こんな綺麗な子であってもフラレることがあるのか。思わず「なんで」と言うと女子高生はこう返した。
「その時、彼には好きな人がいるって」
 こんな子でも上手くいかない事はある。時として世の中は万人に対して平等に壁を与え給うワケだな。
 でも、過去にフラレたにも関わらず、もう一度告白するというのはやはり勝算あっての事だろう。そう尋ねると女子高生は自嘲気味に笑った。
「いえ。彼、その『好きな人』と今はもう付き合ってるって」
 駄目じゃんか。
「あ、でも私だってこの半年間それなりの努力をしてきてるから、まるっきり勝ち目無しってワケでもないんですよ」
 自信ありげな表情をする女子高生に「どんな努力?」と尋ねてみた。
「私を意識してもらうようなるべく彼の視界に入るようにしたりとか、彼の好きそうな髪型とか服装にしたりとか」
 ふんふんと頷く。
「彼に対する想いを紙に綴って千羽鶴折って彼の自宅に送ったりとか、彼の家で飼ってる犬にも好かれようと、寝てるところに近づいて耳の側で私の名前を小声で一晩中囁いてみたりもしました」
 あ、当然、願掛けてお百度参りもしましたよと女子高生は誇らしげに言った。
 途中で方向性を見失ってしまったようではあるが、彼女なりの努力はしたようだ。この半年間出来る事は全てしたと信じている彼女はある種すがすがしい顔をしている。
 でも、と俺は思う。
 また、駄目だったらどうする。必死に振り向いてもらおうとあれこれ努力しても駄目だったらどうだ、一度ならず二度までも告白してそれでもフラレたらどうだ。立ち直れないのじゃないか。諦めの悪い自分の姿を省みて情けなくなるだけじゃないか。
「もし、また…………」
 と俺が言うと、女子高生はニンマリと笑った。
「いいんです。私、彼の事がやっぱり好きだから、フラれたらまた自分を磨いて何度も告白するだけです」
 そう快活に言い切ると女子高生は遠くを見る。
「見栄も外聞もないんですよ私」
 そんな女子高生の表情を俺は横目に見る。その顔に一点の曇りも無し。本日快晴、日本晴れなり。
 見栄も外聞もない、か。
 ただ片想いの彼の事を胸に前に進み続けようとする女子高生の姿を見ると、その姿はさながら目薬のように俺の目から何かを洗い流してくれたような気がした。
 あ! 来た! と突然女子高生が立ち上がった。
 見ると土手の向こうにスーツ姿の男が歩いていた。相手も同じ高校生かと思っていたがどうやら年上の社会人らしい。
「じゃ、私行きます!」
 女子高生は鼻をフンと鳴らし意気込むと、スーツの男の方に走って行こうとした。
 迷いなど微塵もない女子高生の姿は男の俺から見ても勇ましく思えた。
「よし、頑張れよ女子高生!」
 そうねぎらう俺。
 すると女子高生は「あ」とこっちを振り向きこう言った。
「ごめんなさい! 私ホントは女子高生じゃないんです!」
 女子高生が女子高生じゃないと言ってきた。
 突然の自己否定に対して、「イミガワカラナイ」といった感じで顔を歪めると、彼女は続けた。
「彼がセーラー服が好きって聞いた事があったから」
 …………ってコスプレかよ。
 そういえば、大人びた感じだとは思ったが。まさかただの女子高生のコスプレだとは思わなかった。いや、セーラー服姿の彼女を改めて見てみると、確かに隠しきれない何かがにじみ出ているというか、何かこう、どことなく『無理』があった。
「み、見栄も外聞もないね…………」
「そう、見栄も外聞もないんです」
 ニヤリと笑い、「じゃ、お兄さんも頑張って!」と彼女は走り去って行った。
 俺は去りゆく彼女の後ろ姿を呆然と見つめた。
 遠くにいるスーツ姿の男は彼女の存在を認めると体を思わずのけ反らせた。
 一歩引いた男に対して何かを一生懸命語る偽女子高生。
 しばらくすると男が後ずさり、逃げようとする。
 その男に偽女子高生がしがみつく。
 男は偽女子高生をふりほどき全速力で逃げだした。
 偽女子高生はこれまた短距離走者のような見事なフォームで男を追いかけて行った。
 段々と小さくなっていく男と女の姿。俺はそんな光景をポカンと口を開けたまま呆けた顔をして眺めていた。しばらくすると、急に腹の底から何かがこみ上げてきた。
 俺は笑った。
 見栄も外聞もあったもんじゃない。好きな男を手にしようと無闇に必死な女の姿は滑稽であり、そしてこれほどまでに痛快なものなのか。あの様子ではまたフラレたのだろうが、それでも彼女は諦めないだろう。今度はどんな努力をするのだろうか。また間違った事をするのだろうな。想像すると可笑しくてしょうがない。
 ひとしきり笑うと「くろっこぅ」という鳴き声に気がついた。
 さっきのハト達がまだ俺の周りにタムロしていた。エサがもう少し貰えるかもと企んでいるのかも知れない。
「いや、もう何もないよ」
 俺は何もない両手をひらひらと揺らしてハト達にアピールした。
 すると、ハト達は俺の意図を理解したのか一斉に俺の周りから飛び去った。そして少し離れた所にいた老人の元に集まり始めた。今度はあのジイサンからエサをもらうつもりか。どこまでも貪欲な奴らだなと俺は少し笑う。
 まぁいい。俺も見栄も外聞もなく貪欲にエサを貰いに走り回るさ。
 とりあえずは編集部に顔を出そう。何か仕事をくれって頼み倒そう。それでも仕事が貰えなければ原稿を描いて描いて描き溜めてやろう。メチャクチャ面白い漫画を描き上げて編集部の人間に突きつけてやるんだ。
 俺はそうして腰を上げると、土手の階段を一気に駆け上がる。
 登り切った所で俺は「くろっこぅ」と呟いた。











…え?


「一体何なんだこれは……」
ですって?


なにって、
自作の小説ですけど。


はい、
何の脈絡もなく自転車ブログで自作の小説をアップするという
サイコパスも真っ青な謎ムーブですが。


これ
自分が大学生の時(2年生の時かな)に
生まれて初めて書いた小説なんですが

いやー、
よく書けてますねー。


導入部分がちょっとクドくて
文章も結構アヤシイところが多いですが、
斜に構えたユーモアを挟みつつ
割と起承転結もしっかりあって、
オチも前向きで小気味良く、
とても良く書けてると思います。



あ、この文章を載せたのはホント特に意味の無いことでして、
パソコンの「マイドキュメント」を漁ってたら
当時書いたワードがなんか出てきて、
で、読み返してみたら
「今とあんま芸風が変わらんなww」
と思ってなんか面白かったのでアップしてみました。(芸風てなんだ)
というか最近パソコンの調子が悪くて
HDDが急死するおそれもあったので、
保存用のメモ帳代わりにこのブログに貼り付けておいた感じです。


まぁ
「生まれて初めて書いた」と言いましたが
正確には2作目でしょうか。

生まれて初めて書いた小説は
中学3年生の時に
現国の授業で「小説を書く」という課題があって
その時に書いたものが自分の処女作です。

ちなみにその時書いた小説の内容は
手塚治虫の「ブラックジャック」と「ジョジョの3部」をミックスさせた話でした。


まったく内容が想像できないかと思いますが、
当時、自分が好きだったものをムリヤリ合体させるという
さながら「メドローア」のような作品でした。


ただ、そんなメチャクチャな小説ながらも
なぜか担当の先生からの評価が良く、
おそろしいことに

授業中に朗読されました。
(どんな拷問だ)




上の文章書いたの20年近く昔になるわけですが、
あらためて読んでみると
人生観みたいなもんは「いつまで経っても変わらんなー」
と思います。

まぁ、
いつまでも変わらないのは「文章の下手さ」もですが。
(ってヤカマシイワ)

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コメント

  1. nobu より:

    お疲れ様です

    文才ありますね!
    偽女子高生の辺りは笑いに声が出ました^ ^

    ギリギリのラインですが(苦笑)彼女の様な真っ直ぐな行動力はイイですね〜
    私も見習いたいと思います!

    コスプレではないですよ(笑

    • yoshi より:

      nobuさま

      あ、ホントに読まれたんですね笑
      自分で上げといて言うのもなんですが、ちゃんと読んでくださる方が居るとは思いませんでした笑
      偽女子高生さんの行動を見習って良いのかは微妙なとこだとは思いますが…
      まぁ周りの目を気にせず行動できるようには自分もなりたいです。
      というか恥ずかし気もなく昔書いた小説を掲載するとか自分も相当変な人間だと思いますが笑